「青い絵具の匂い 松本竣介と私」

「青い絵具の匂い 松本竣介と私」中野淳著 を読んだ。
素晴らしい「Y市の橋」を表紙に使った文庫の裏には
「静謐な空間に時代の不安定な様相をも描写した夭折の画家松本竣介。親しく過ごした筆者がその出会いから死まで、さらには没後の竣介絵画の評価と画壇事情を歴史的に記す貴重な証言。」
とある。
この本を読んで、また、ウチにあった図録を観て、松本竣介のファンになった。
「自画像」の美男子ぶりに、またファンになった。
36歳の若さで死んだとき、仲間が新聞社に死亡記事を、と連絡しても、無名だから載せられないと断られたという。しかし死後、四宮淳一という美術評論家が、夫人に「奥さん、申しわけない。こんな良い画家を無名のまま死なしてしまったのは、私たち批評家の責任です」と言ったという。
松本竣介は、耳が聞こえない。でも、普通に話すことはできるので、生まれながらではない。著者は、筆談をしたり、宙に手で字を書いて話をした。
凄いのは、他の仕事で絵を描く時間がないとき、「絵を描く時間が少ないんで困っている。夜、就寝のときに水をたらふく飲んで寝るんだ。夜中に小用を足しに目が覚めるね、そのまま起きて描きはじめるのさ」と言って、睡眠時間を削っての緊迫した制作をしていた。
耳のことで、赤紙は来なかった。東京大空襲のときも、家は奇跡的に焼かれなかった。
戦時中、ある展覧会で、藤田嗣治が、松本竣介の姿を遠くから見て、「あの洒落た格好をしているのは誰か」と言った。いつも外国製のスーツを着て、いつもとてもセンスがよかったという。そういうところも好きだ。
図録を観ると、色調は暗いが、色彩感覚がいいと思う。お洒落も上手なように絵もセンスがいいのだ。いや、センスのある絵が描けるから、お洒落もセンスがいいのだ。
「Y市の橋」のような風景も好きだが、好きなのは「立てる像」だ。「自画像」もあるが、これも自画像と言ってもいい。「りんご」も好きだ。好きな絵がたくさんある。
没後55年の展覧会には、美智子さまもご光来したという。あの無名な松本竣介が、ここまで有名になってしまった。本当に生きていればよかったのになと思う。
また展覧会開いてくれないかな。原画を観てみたい。
余談(?)だが、松本竣介(死後だったかもしれないが)と仲間たちがグループ展を開いた時、昭和天皇が初めて抽象画を観て、びっくりして、「これは、何を表したものですか?」と質問された。案内役が「はい陛下、これは作者の内面の心象を表したものでございます」とご説明すると、天皇は暫く眺められたあと、
「あっ、そう」と軽く頷いて先へ進まれた、という(笑)。
昭和天皇らしいなぁ。笑ってしまう。長嶋茂雄もびっくりだ。
そんな本(いやいやわたしが上手く説明できないだけで、他にもいろいろなエピソードがある)だったが、とても面白かった。最近面白い本がなかなか無いが、これはお勧めである。
秋の夜長に1冊どうぞ。
関係ないが、今日は美智子皇后の79歳の誕生日だそうだ。おめでとうございます。